2012年7月19日木曜日

アルツハイマー病変は静かに先行する


Clinical and Biomarker Changes in Dominantly Inherited Alzheimer's Disease


アルツハイマー病(以下AD)は最も一般的な認知症であり、超高齢化社会を迎える我々にとって、その予防が出来れば素晴らしいことこの上ない。

WHO予測では、2050年には世界で1億人以上が罹患する。現在の我が国では統計にもよるが、65歳以上人口はおよそ3000万人、認知症者は2011年にNHKニュースで270万人以上との予測が報じられている。ADはそのうち60%以上を占めるはずだから、160万人以上か。


ところで、常染色体優性遺伝(親の片方がADなら、子の1/2にADが発症する)を示す、家族性ADがあり、その原因遺伝子としては、3つが同定されている。Aβの元になる、アミロイド前駆タンパク質遺伝子(Amyloid precursor protein;APP)、細胞内でAPP処理にあたるプレセニリン1遺伝子(Presenilin1;PSEN1)とプレセニリン2遺伝子(Presenilin2;PSEN2)である。言い換えれば、この3つの遺伝子に変異をきたしていれば、アルツハイマー病が発症する。この内PSEN1遺伝子変異が最も多く、家族性ADの70%程を占めている。
発症年齢も往々にして早く、60歳以下である→早期発症型家族性アルツハイマー病


さて、ADの病的本態は、脳内における、アミロイドベータタンパク質の沈着にあり、アミロイドタンパク(以下Aβ)蓄積が発症イベントであるという仮説が昔から有力である(近年揺らいできてもいるが詳細は略)。従って、Aβタンパクの蓄積を早い段階で検出出来れば、AD診断を臨床症状の発現前にすることができるだろうというのが自然な発想だが、一体何時から蓄積が始まるのか?

今回紹介する論文は、常染色体優性の家族性AD家系に属する128人の参加者に対して、上記3遺伝子いずれかの変異を持つ保因者と非保因者に分けて、後述するADのバイオマーカーを測定している。研究参加者128人の内、非保因者40名、保因者88名(内、症状のない者45名、ある者43名)である。


特色は、参加者は家族性ADなので、親のどちらかはADであり、AD親の発症年齢を参加者の予測AD発症年齢として、現在が発症何年前かを推定していること。例えば、60歳でADを発症した親を持つ参加者の年齢が40歳であれば、今現在その参加者はAD発症まで20年の時点にある(-20年時点)と推測できる。そうすることで、バイオマーカーを測定すれば、果たしてAD発症何年前から、AD病変が開始されるのかを推定できるというわけだ。

バイオマーカーは、脳脊髄液(CSF)中のAβ(正確にはAβ42)、タウタンパク(tau;微小管タンパクだが、これもAD脳内に蓄積する)、血液中Aβ、MRI画像(海馬体積)にPET画像(楔前部でのAβ蓄積とグルコース代謝)、そして神経心理評価(CDRやMMSEなど)。

結果、遺伝子変異保因者は、非保因者に比べて、例えば血液中Aβ増加が予測発症の15年も前から、海馬体積の減少や、Aβ蓄積も同様に15年前から有意に見られている。MMSEの認知機能低下も5年前から有意。従って、認知機能低下が明らかになる10年以上前から、バイオマーカー変化は始まっている

ちなみに、参加者の平均年齢は、遺伝子保因者かどうかに関わらず、約39歳で両群に有意差がない。参加者が若い利点は、血管性の要素が余り影響しないことである。ただし、症状のある保因者は平均44.8歳とやや高い(症状発現しているからまぁ当然か)。

尚、アルツハイマー病の発症危険因子として、ApoE蛋白遺伝子のε4アレルがあるが、同アレル保因者の割合は両群で変わらない(約22%)、保因者で発症したものはほんの僅か高い(26%)。どちらにしても、今回の参加者で発症には影響なさそう。

考察のポイントは、今回の家族性ADで見られた所見が、ADの圧倒的多数を占める孤発性AD(遺伝形式によらない発症、平たく言えば普通の発症)患者にも当てはまるのかということ。CSF中のAβ濃度の上昇や、PETでのAβリガンドの集積が、家族性ADと孤発性ADでは違うことが報告されているため、本論文ではやや慎重な言い回し。

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家族性ADの結果ではあるが、複数のバイオマーカーの測定結果が、遺伝子保因者か否かによってきれいに分かれた結果を出していたので報告した。

この論文を読むと、多くの指標で臨床的所見発現の15年以上前から見られていることに不安を覚えないではいられないと思われる。

逆に、こういった指標に少しでも異常が見られた時点で何らかの治療的オプションが開発されれば心強いだろう。研究の進展に期待したいところ。

↓は医学書院のサイトから。よくまとまっている。
アルツハイマー病の克服をめざして

ちなみにAβを標的としたワクチン療法は動物実験レベルでは効果が確認されており、人での臨床試験でも期待されたが、最初のワクチン、ワイス社のAN-1792は、髄膜炎を起こしたことから試験は中止されたが、効果は一定程度あったようだ。

現在、Elli Lily社やPfizer社の開発したワクチンによる臨床試験が進行中だが、認知症の改善という点においては今のところ余り期待できない印象。

今回の結果を踏まえると、臨床所見の現れるずっと前から投与しないと効果は出ないのではないか。Aβが見えるほど沈着しているということは、すでにそれによる神経毒性の結果、脳神経にダメージが蓄積しているのだろうから。

2 件のコメント:

  1. Pfizer社の治験中のAβワクチン、bapineuzumab(バピヌズマブ)静注の治療効果は残念ながらなかった模様。尚、先日はApoE遺伝子変異保有者で、今回は非保有者。要するに関係なかったと。

    Lilly社も同様の薬物で臨床治験を進めているが、やはり悲観的。

    投資家達も予想通りとはいえ、がっかりしたようで関連株価も数%ずつ低下。

    http://www.reuters.com/article/2012/08/06/us-pfizer-alzheimers-idUSBRE8751F120120806

    もっとも今日は日経にエーザイの新薬について2016年発売を目指すなる記事が載ったが、2010年から始まった治験の途中経過はどうなんだろうか...。

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  2. 前述のbapineuzumabをPfizerと共に進めていたJ&J社は諦めていないようだ。
    研究者たちは、早期投与が改善の徴候を示していなかったかを調査中の様子。
    確かに、病変そのものは随分若い頃から進行している可能性があるので、良い徴候が改めて見つかるといいのだが…。

    http://www.bloomberg.com/news/2012-11-13/j-j-ponders-elan-tie-while-alzheimer-drug-future-reviewed.html

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