2012年7月5日木曜日

鮭の脳は研究者の夢を見るか

Neural correlates of interspecies perspective taking in the post-mortem Atlantic Salmon: An argument for multiple comparisons correction
Bennett CM, Baird AA, Miller MB, Wolford GL
(リンク切れの時は「salmon fmri」でネット検索すると、PDFファイルが拾える)

死んだ鮭をMRI装置に入れ、ヒトの社会的状況に関する視覚刺激を提示して、fMRIとして解析を行った研究。
決して筆者らが頭のおかしな研究者というわけではなく、「fMRIという手法が如何に偽陽性率が高くなる危険性を含んでいるか」をあからさまに見せてやろうという挑発的な研究なのである。

被験者はAtlantic salmonという鮭。これにヒトの視覚刺激。そもそも鮭が死んでいるので脳活動がでるはずもなし。
ところが不味い解析法をすれば「視覚刺激に対応して活動した脳領域」が見つかってしまった。



fMRIとして140 volumesの撮影を実施。
fMRIでは最も広く普及しているSPMという解析ソフトを用いた。
全8,064 voxelsのうち16 voxels (0.2%)で「賦活領域」だと検出された。

「賦活領域」を検出してしまった理由は、統計解析においてuncorrected(多重比較補正なし)、p<0.001という検定法を選択したためである。
同じデータを基に、corrected(多重比較補正あり)で検定を行うと、p=0.25まで危険率を上げてみても、偽陽性である「賦活領域」は検出されなかった。多重比較補正の手法はFDR法とFWE法のどちらでも同様であったという。

何が原因で偽陽性が出やすいのか検証すべく、鮭のデータで引き続き、a) Voxel intensityと、b) その値のSDをそれぞれ色の濃さでマッピングしたところ、両マップの濃いところが重なることがわかった。そしてその濃い部分に、例の「賦活領域」が当てはまるのである。
aとbは有意な正の相関があることから、信号の強いvoxelは時系列データ中でのSDも大きいことがわかった。

筆者らは教訓的に「脳機能画像研究ではちゃんと多重比較補正を使おうね」と述べている。

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fMRIの統計検定において、多重比較補正を行わない方法は、何年も前からその問題性を指摘されているにも拘わらず、現在進行形でuncorrectedの結果が論文として発表され続けている。

先日、この状況に堪えかねた英国の研究者Dorothy Bishop氏が自身のブログで気炎を吐いたことをきっかけに、この話題が研究者たちのブログやツイッター等で盛り上がった。

Bishop氏は、まずPNASという権威のある学術誌に2003年に載った論文を例に挙げ、補正のしかたが問題であると訴えた。
とくにこの論文の多重比較補正を行わない弱い結果が、現在(2012年5月)に至るまで大きく扱われていることが不味いと追求したのである。

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その翌日、そのPNAS論文の第3著者であるRussell A. Poldrack氏が自身のブログに、「あれは10年前のstandardだから」と少し苦しい弁明をした。
自分の旧悪を暴かれた気分だったのか、その記事に氏のつけたタイトルは「Skeletons in the closet(自分のヤバイ秘密)」。
それから氏は付け加えて、あらゆる研究分野において、誤った結果を招きやすい因子を挙げた。
それは、少数サンプル、小さい効果量、多数の効果を検定すること、研究デザイン・定義・アウトカム・解析法がフレキシブルであること、ホットな研究分野であることだ。

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脳fMRIの偽陽性出現率を試算してみよう。
ヒト脳のfMRI研究でよく使われるサイズ(3×3×3 mm3)の場合、頭部全体で20万voxelsくらい。それによく使われるuncorrected p<0.001を組み合わせてみる。

1 voxelでの検定結果が間違いでない確率 = 1 - 0.001

2 voxelsでの検定で、いずれも間違いでない確率 = (1 - 0.001)の2乗



脳全体での検定で、1 voxelたりとも間違いでない確率 = (1 - 0.001)の200000乗 = 2.76 ×10の-97乗
これはすごく稀な確率ということになる。

1 voxel 以上の偽陽性が出現する確率 = 1 - 2.76 × 10の-97乗

ようするに、全脳の偽陽性出現率は、1 = 100%と言ってほぼ差し支えない。

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「どの研究分野にも共通する危険因子」に感心した。
気をつけたい。

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Photo: Oga Hasu (ancient lotus found by Dr. Oga), Chiba, Japan

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